五つの池の喫茶店

私が日々思っている事を徒然なるままに書き綴ってみました。興味のある方はお立ち寄りください。OCN CAFEに2004年9月から記載された日記をOCN Blog人に引き継ぎ、さらにこのHatenaBlogに移設いたしました。

中国の正体見たり、ならず者

 中国漁船による沖縄・尖閣諸島沖での衝突事件、件の船長を処分保留のままで出国させたことで、これで解決、ひと安心かと思われたが、中国政府は「自国の主権と領土を著しく侵害した」として、謝罪と賠償を求めるという居丈高な態度を表明した。これに対し、日本政府は、「尖閣諸島はわが国固有の領土であり、領有権の問題は存在しない。(中国政府の要求する)謝罪や賠償は何ら根拠がなく、全く受け入れることはできない」と外務省の報道官の談話を発表、今日の午後になって、首相も同様のコメントを発表、加えて「日中双方が冷静に対処することが必要」と述べた。

 中国は近年の年率10%を超える経済成長と軍事力の増強で、いまや米国と肩を並べる大国として世界に君臨している。と同時に国境をめぐり周辺国とで様々なトラブルを起こしている。インド東部南シナ海の南沙・西沙諸島、そして東シナ海尖閣諸島etc。背景には豊富な海洋資源、地下資源を廻り、中国が独り占めにしようという思惑があると思われるが、こうした中国の覇権主義的な傾向はますます強まることになるだろう。今回改めてレアメタルという希少資源の禁輸がクローズアップされたが、資源戦略を絡めた中国の強硬姿勢は資源の大半を輸入に依存する日本にとってはますます厄介なものになって行くだろう。

 中国の今の姿は、バブルの頃、金に明かして、不動産を買い漁り、言うことをきかない弱き者を手段を選ばず立ち退かした悪徳不動産屋の姿や、肩で風を切り弱い者を散々いたぶるならず者の姿がだぶる。このならず者、お金もあり、武器も沢山持っているからたちが悪い。「俺の言うことが聞けねえなら、どうなっても知らねえぞ!」とドスの聞いた声で周りの住民を脅す。住民は怖いから渋々従うが、いったん目を付けられたら最後、骨の髄までしゃぶられる。
 
 何とかしようと住民は警察に訴えるが、昨今の警察、何かと頼りなく、信用も置けない。世界の警察を自称するアメリカ合衆国は日本と同盟関係にある。政府も米国に相談し理解を求めようとした。「尖閣諸島日米安保の対象」と好意的な発言を引き出せたのは良かったが、その後「領土問題は日中間で解決すべき」と突き放され、しかも後日行われた米中首脳会談では、尖閣諸島の問題は話題にすら上らなかったとされている。この自称警察官、実はならず者の味方かもしれない。

 本日(2010年9月26日)の産経新聞産経抄というコラムに平成生まれの子供たちに平易な言葉で昨今の日中関係について書かれていた。興味深かったので、一部抜粋しておく。

 …ぼくたちの持っている島を「オレのものだ」と言い出しました。びっくりしましたが、鄧小平というオジサンが「次世代は我々よりもっと知恵があるだろう」と言ってくれました。 …(中略)… それでもぼくたちは、みんなに「こいつは本当はいい奴なんだよ」と口をきいてあげ、貧しかった彼には、いっぱいお金をあげたり、貸してあげたりしました。おかげで「ともだち」は、みるみるお金持ちになりました。そのお金で「ともだち」は軍艦や戦闘機をいっぱい買い、今度はもっと大きな声で「この島はオレのものだ」と叫びました。「次世代の知恵」とは、腕ずくで島を奪うことだったのです。…

 ここでいう「ともだち」とは当然のことながら中国を指す。中国の行為は「恩を仇で返す」ものだが、中国の商行為の無法性や国際社会での傍若無人な態度を見ていれば、遅かれ早かれこうなることは予測できたはずであり、もっと早くにも中国とのお付き合いのありかたを考え直せたのではないだろうか?今となってはもう遅いが・・・。
 
 何時ぞや、中国在中の領事官が中国当局ニートラップに掛かり、痛ましいことに自らの死をもって中国の危険性を警告したことがあった。当時の川口順子という官僚あがりの外務大臣は、その死をひた隠しにし、事件そのものを亡きものにしようとした。マスメディアも酷いもの、毛沢東のヒステリーじみた粛清劇「文化大革命」や「紅衛兵」の問題を検証せずに垂れ流しに礼賛した某大新聞や某有名テレビ局もある。こうした日本の姿勢が中国の増長に拍車を駆けたのだろう。更に鳩山前首相、沖縄の米軍基地移設問題で国家を迷走させたが、この人「尖閣の問題は日中で議論して結論を見出したい」と発言し、今まで領土に関して日中間に問題はないとした政府の見解を覆し、問題の火種を作ってしまっている。鳩山さん、最近「私ならうまくやれる」と吹聴しているようだが、自ら火に油を注いだ格好のこの事件をどうやって解決していくつもりだろうか?開いた口が塞がらないとはこのことだ。

 昨年、私たちの多くは、「改革」を望んで民主党政権にこの国を委託した。「破滅」を望んだわけではない。「政治主導」、言葉はいいが、これは政治家自身に能力・度量・志・責任感などがあって初めて可能なことである。権力闘争にあけくれ、無能で責任感もなく、国や民を思う気持ちのない者が舵取りをすれば、行き着く先は「絶望」しかない。

 

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