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五つの池の喫茶店

私が日々思っている事を徒然なるままに書き綴ってみました。興味のある方はお立ち寄りください。OCN CAFEに2004年9月から記載された日記をOCN Blog人に引き継ぎ、さらにこのHatenaBlogに移設いたしました。

SUMMER 2014その1 「昭和の町」

まち歩き・旅行・ご当地

 今年もお盆の休みに実家のある大分に帰省した。昨今、九州に接近したり、上陸したりの台風で実家も被害を受けているのかと心配したが、こちらの心配をよそに、実家のある大分県北部地方は驚くほど何も影響はなかったようだ。迎えにきた父親の話では、例年よりは雨が多めとのことだった。ただ実家は今年から米作りを止めているので、父はお天気には以前のように関心はなかった。兼業農家だったとはいえ、長年続いていた米作りを止めてしまったので、父親の顔にはどことなく寂しさが感じられた・・・・・・。

 

 田舎での過ごし方、例年だと大概地元の河原にできたプールかちょっとドライブして、国東半島北部の旧香々地町にある長崎鼻海水浴場に行くのだが、つい最近、静岡の自宅からそう離れていない牧之原市の海岸での事故もあり、子どもたちを海に連れて行くのが怖くなったこともあり今年は海水浴に行くのを止めた。その代わりにごく近くではあるが地元観光と洒落込んだ。
 

 「昭和の町」というのが、私の実家のすぐ近くにある。歩いてざっと10分くらいの距離にあるこの「昭和の町」というのは私の生まれた町、大分県豊後高田市の商店街のことである。実家を離れすでに30年以上過ぎているが、その間私の田舎のこの商店街は驚くべく変化を遂げた。何と観光地になっていたのだ。地元の過疎化と大型ショッピングセンターの進出で閑古鳥が鳴いていた商店街は、2001年からの村おこしで変貌する。資金不足で建て替えがままならない家屋が多数残っていることを逆手にとって、昭和の郷愁が残る町並みとして再現した。そして今や年間の観光客が27万人を超える観光地になったのだ。そのことは今年3月にNHKの大分発地域ドラマ「そんじょそこら商店街」として放送された。

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 結婚してから、毎年帰省してはいるが、この「昭和の町」は実家までの通過点で、じっくりと散策したことはなかった。近くだからいつでも行けるからとあまり知り合いに会いたくないという事もあり敬遠していた。今回は子供、特に上の娘が例のNHKのドラマを見ていたこともありぜひ行きたいとの切望していたので、厭々重い足を上げたのだが、予想以上に面白く、当の私が一番興奮して、ついつい帰宅する時間が遅くなった。

 

  「昭和の町」は昭和30年代を髣髴させる街並みとともに、昭和の懐かしグッズなどを資料として展示している。食堂には学校給食をメニューとしているところもあり(ちょっとこの値段はありか?って感じだったが・・・)、町にはボンネットバスが走る。映画「三丁目の夕日」を見ているようで、この町が賑わいがあった昭和30~40年代にここで過ごした記憶も僅かであるが思い出すことができた。あそこの店に行って何を買った、此の店はまだあるのだ、いろいろな懐かしい思いが頭の中を交錯する。鉄道がなかった豊後高田市大分交通のバスターミナルが交通の要所、今はモータリゼーションの波に押され見るに無残な姿だが、当時は朝早くから宇佐中津ほめん行きや山間部から人を町まで乗せてきたりと賑わいを見せていた。

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 ただこの商店街でも栄枯盛衰はあるようで、メインの通りの一つである中央通商店街にあった同級生の両親がやっていた店はすでになくなり空き地が駐車場になっていたし、又再興できずに空き店舗になっていた。小中学校子の頃、何もすることがない日曜日に暇つぶしによく行った本屋も廃業していた。

 

 3月に放送されたドラマで、主人公の実家である駄菓子屋のアイスキャンディが紹介されていた。娘はそれがどうしても食べたかったようだが、私の記憶ではそのお店の記憶がなく、それらしきものを見つけたが、時間とお金が無くなっていたので泣く泣くあきらめた。娘はショックだったようだが・・・・。

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