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五つの池の喫茶店

私が日々思っている事を徒然なるままに書き綴ってみました。興味のある方はお立ち寄りください。OCN CAFEに2004年9月から記載された日記をOCN Blog人に引き継ぎ、さらにこのHatenaBlogに移設いたしました。

わが青春の一杯、って大げさですが~中華そば「江ぐち」はうまかったなあ!?

食・レシピ

「行ってみたいお店・レストラン」by みんなのごはん
http://blog.hatena.ne.jp/-/campaign/gnavi201512

 はてなブログ行ってみたいお店・レストランというお題があったので、書いてみることにしました。私が行ってみたいお店は三鷹にあるラーメン屋「江ぐち」。学生時代三鷹に住んでいて、また社会人になってからもしばらく販売の仕事で西多摩地区を担当したこともあり、「江ぐち」にはよく通いました。そもそも「江ぐち」を私に紹介してくれたのは、学生時代の女友達というか先輩のYさん。彼女の弟さんが当時三鷹市にある高校に通っていて、部活帰りによく「江ぐち」でラーメンを食べていたとか。人づてに聞いた話では、何でも三鷹市民で「江ぐち」を知らないのはもぐりといわれるほどで、後に三鷹駅近くにある店舗を担当した際、そこで働くパートのおばちゃん連中もみな「江ぐち」の10年来の常連でした。

 で、さっそくネットで調べてみると・・・。

 何と江ぐち」は2010年1月31日に閉店していました。何でも、当時はマスコミでも話題になっており、閉店の日には店の前に長い長い行列ができたそうです。私は21世紀に入って職種が販売部門から生産部門に代わり、転勤により生活拠点が東京から静岡に移っていたこともあり、恥ずかしながらこの「江ぐち」閉店に関しては全く知りませんでした。

 JR三鷹駅近くで半世紀以上営業してきたラーメン店「中華そば江ぐち」が31日で閉店する。地元出身の漫画家、久住昌之さん(51)が「小説中華そば『江ぐち』」という名のエッセーを書いたことでも知られる名物店だが、昨年末に店主が急死。惜しまれながらのれんを下ろすことになった。
 店の話では、昭和27(1952)年ごろの創業。もとは一軒家だったが、20年以上前に三鷹駅南口のビルの地下に入った。カウンターのみ、10人も入ればいっぱいという小さな店だ。

 「突然でね。いやもう、ものすごく残念だよ」。江ぐちで55年間働いてきた井上修さん(72)は力を込めた。久住さんの著書で「タクヤ」というあだ名を付けられ、似顔絵付きで登場する人物だ。井上さんらによると、昨年12月29日の朝、2代目店主の江口正直さん(82)が風呂場で亡くなっているのが見つかった。ちょうど1月末で店の賃貸借契約が切れ、更新・継続には費用がかさむこともあり、閉店が決まったという。
  最近の人気店のように、味に強い個性があるわけではない。店内の製めん機で作られるめんは、一見すると色も太さも日本そばのよう。トリ、ブタ、海産物と野 菜で取ったさっぱりしたスープに、自家製チャーシューと「竹の子」と呼ぶメンマなどの具が乗る。井上さんが毎朝7時半ごろから仕込んできた。
 ビールを飲む客が多いのも特徴だ。26日午前、一番乗りで来店した常連の男性(65)も瓶ビールとチャーシュー皿を注文した。「ここはラーメン酒場。三鷹の文化だよ。自分らの世代が初めてラーメンを食べた頃の味がする。なんだかホッとするんだ」
 閉店を知らせる張り紙の下に、小さなメモが張ってあった。丁寧な筆跡で「絶対再開すると信じています。ひとまずお疲れさまでした」と書かれていた。

     2010年1月27日付 asahi.com【東京】三鷹名物ラーメン店「江ぐち」閉店へ より引用

tabelog.com

 思えば最後に「江ぐち」のラーメンを食べたのはいつだろう?おそらく2000年が最後で、21世紀に入っては1回も食べていないと思います。「江ぐち」のラーメンは醤油ベースのあっさりしたスープに麺はやや太めだったと思います。日本蕎麦とラーメンを足したような感じで名前通りの「中華そば」でした。飛び切り美味しいって訳ではありませんでしたが、食べ飽きないというかクセになる味で、グルメのサイトにも記載されていましたが、昨今のラーメンブームとは一線を画す、昔ながらのラーメン屋さんだったと思います。

 「江ぐち」で注文するのは“五目ラーメン”、丼の上にチャシュー、もやし、ピーマン、ゆで卵、ハム、竹の子、ナルト、海苔が並び見た目が綺麗で下宿生活で野菜不足の食生活を補うため(?)に大抵この“五目ラーメン”を注文していました。仕送りやバイトなどの臨時収入が入るとそれにワンタンとかチャシューを付け足していました。それでも500円はしなかったんじゃないかなと思います。もし最後の晩餐となれば迷わずこの“五目ラーメン”を選びます。

 惜しまれつつ閉店した「江ぐち」ですが、その味を受け継ぐ形で2010年5月に同じ場所に「中華そば みたか」がオープンしました。基本的に麺もスープも「江ぐち」とほとんど変わっていないようです。東京に行く機会はもうほとんどありませんが、もし行けたら是非行ってみたいと思います。 

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 「江ぐち」といえば、随分と前に「江ぐち」のラーメンや店員さんについて書かれた本を読んだことがあります。本にもなるんだから「江ぐち」すっげえ!と感心した反面、こんなこと書いて大丈夫って老婆心ながら心配したことを覚えています。今回この記事を書くに当たり是非とも読んでみようと思い、Amazonで本を探してみました。探し出した本のタイトルは「近くへ行きたい。秘境としての近所-舞台は“江ぐち”というラーメン屋。」作者はなんとあの「孤独のグルメ」で有名な久住昌之さん!!この本は絶版になっているようで、「江ぐち」閉店を機に出版さてたのが以下の本です。

孤独の中華そば「江ぐち」

孤独の中華そば「江ぐち」

 

 「近くへ行きたい。秘境としての近所-舞台は“江ぐち”というラーメン屋。」が出版されたのは1984年。当時私は三鷹駅南口から徒歩20分くらいの下連雀7丁目に住んでいて、近くに太宰治の墓がある禅林寺があります。本の中で久住さんは禅林寺から歩いて10分くらいの所に実家があったと書かれているので、ひょっとしたら学生時代にあっていたかもしれません。

 また本の中に「江ぐち」の職人で、久住さんから「タクヤ」とという綽名を付けられていた井上修さんという方が出てきます。「タクヤ」というのは久住さんの弟さんの名前だそうで、井上さんは久住さんの弟さんによく似ていたそうです。井上さんにはよく当時通っていた下連雀の銭湯で会いました。何の会話をしたかは忘れてしまいましたが、会えば挨拶をしながら二言三言会話をしていました。

 久住さんは「江ぐち」の歌まで出していました。素晴らしい江ぐち」愛ですね!!


久住昌之『江ぐちの歌』

  最後になりましたが、今回のはてなブログのお題は「行ってみたいお店・レストラン」でしたが、私の行ってみたいお店は残念ながら、もう行くことができないお店になってしまいました。これも時代の趨勢でやむ得ないことですが、「江ぐち」は私たちの記憶の中に残り、これからもファンの間に語り継がれていくと思います。

 

ラーメンに関する過去の記事です。私が今住んでいる静岡県藤枝市にも”朝ラー”といって朝からラーメンを食べる文化があります。

kitajskaya.hatenablog.com

kitajskaya.hatenablog.com

 

 朝ラーの行きつけのお店です。醤油ベースのスープに細麺、まさに“支那そば”って感じです。数ある朝ラーのお店でここが一番気に入っています。

tabelog.com

 

参照:孤独の中華そば江ぐち 久住昌之 牧野出版

   2010年1月27日付 asahi.com 【東京】三鷹名物ラーメン店「江ぐち」閉店へ

 

お恥ずかしい文章ですが、最後まで読んでいただきありがとうございます。

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