五つの池の喫茶店

私が日々思っている事を徒然なるままに書き綴ってみました。興味のある方はお立ち寄りください。OCN CAFEに2004年9月から記載された日記をOCN Blog人に引き継ぎ、さらにこのHatenaBlogに移設いたしました。

先日、娘の大学合格祈願のため身延山へ参拝に行ってきました。

 先週の土曜日に山梨県身延山にある身延山久遠寺に参拝に行ってきました。私の実家は日蓮宗の檀家で、以前母が孫である私の娘のために檀家の集いで身延山に行った際に、私の娘の高校合格祈願のお札を貰い、毎日毎日お札に向かて熱心に祈祷してくれたそうです。そのお陰もあってか、娘は志望する高校に無事合格することができました。その娘も来年に大学受験を控えています。娘のためにも、今度は私が身延山にお札を貰いに行くことにしました。

 

身延山久遠寺について簡単に説明します。

 

 身延山山梨県南部にある標高1153mの山で、この地にある日蓮宗総本山久遠寺の山号でもあります。何故この地が日蓮宗の総本山になったかは以前にもブログに記載しましたが、あらためて記してみます。

 疫病や天災が相次ぐ鎌倉時代の中期、日蓮聖人は相次ぐ災害は人々が正法である妙法蓮華経(みょうほうれんげきょう=法華経)を信じず、浄土宗といった邪法を信じていることにあるとして、正法である法華経を中心とすれば国家も国民も安泰となると説きました。日蓮聖人は三度にわたり鎌倉幕府に諫言を行いましたが、受け入れられることはありませんでした。1274年5月、日蓮聖人の有力な庇護者であった甲斐の国の地頭南部実長(なんぶさねなが)は日蓮聖人を自ら収めていた波木井(はきい)郷にある身延山に招き入れます。日蓮聖人は、これ以来足かけ9年間にわたりこの地で法華経の読誦と弟子や信徒の教導、及び当時猛威を振るった蒙古軍の退散を祈念します。1281年11月には草庵を整備し、日蓮聖人自らが「身延山妙法華院久遠寺」と命名されました。

 1282年9月、日蓮聖人は病身治療と両親の墓参のために身延山を離れ、常陸の国に向かいましたが、同年10月、旅の途上、武蔵の国池上に61年の生涯を閉じられました。「いずくにて死に候とも墓をば身延の沢にせさせ候べく候」、これは日蓮聖人の遺言ですが、遺言通りにご遺骨は身延山に祀られました。

 身延山までは自宅のある藤枝市からは、藤枝岡部インターで新東名高速に乗り新清水インターで降ります。そこから国道52号線甲府方面に向かって走ります。距離にして片道77kくらい、車だと大体1時間半くらいで到着しました。

 

  

身延山久遠寺にある仏閣の写真をUP!!

 

  当日(6月16日)は藤枝市は曇りでした。それほど暑くはなく、過ごしやすい天候。午前10時過ぎに自宅を出発し、現地に着いたのは午前11時。渋滞もなく予想通りの時間でした。

 駐車場に車を停めて、斜行エレベーターで直接本堂に上がります。

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斜行エレベーター

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本堂

 本来は久遠寺の入り口ある総門から約1㌔にわたる門前町を抜けて、三門に至り、そこから長い石畳の階段を登って本堂に至ります。前回も前々回もそうでしたが、総門から門前町を逸れて直接駐車場に行ったので、総門の写真は残念ながら撮れませんでした。総門には「開会関」と彫られた長い額が掲げられています。ただ実際にはこの「開会関」の3文字、かなりの崩し字で、大概の人はガイドブックと日蓮宗のホームページを見ないと何て書かれているかは分からないと思います。日蓮宗のホームページによると、「開会関」とは「一切の人々は法華経の信仰によって仏になる」との意味だとか。この門を潜ることで、仏の世界に入ることを示しています。

 三門は「空」「無相」「無願」の三解脱をあらわすそうです。三門から本堂に至るには「裏菩梯」と呼ばれる287段、高さ107メートルの石段を登っていきます。今回も前回も三門には行きませんでした。何故なら、この石段・・・!!

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裏菩提

 先に本堂に上がっているので、三門に行けば、この石段を登らなけばいけません!?さすがに50過ぎの老体にはちょっとハード!!

 ちなみに三門の写真は、こちら

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三門

 一番最初に身延山にいった2011年に撮影しました。あの頃は辛うじて40台。まだ体力が残っていたのですね!?

 本堂のある境内に戻ります。斜行エレベーターを降りてすぐのところに五重塔があります。

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五重塔

 この五重塔は3代目で2009年に再建されました。過去2度の火災により焼失しており、1875年の大火で焼失して以来ですから、何と134年ぶりに甦ったことになります!!

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棲神閣祖師堂

 上の写真は棲神閣祖師堂(せいしんかく そしどう)で、日蓮聖人をお祀りしているお堂です。「棲神閣」とは“聖人の魂が棲む”という意味だそうです。もともと江戸のあった寺院のお堂を1881年に移築しました。

 

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大鐘

 大鐘徳川家康の側室である養珠院(ようじゅいん=お万の方)が建立のために寄進したとされています。養珠院はそれまで女人禁制であった身延の七面山に初めて参詣し、女性の登山を解禁させるきっかけを作った人として知られています。

 

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釈迦殿・納牌堂

 釈迦殿・納牌堂 、6階建ての建物で、1階から5階までが全国の信徒の先祖の遺骨を安置してある納牌堂で、6階が釈迦堂を移した釈迦殿になっています。

 

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拝殿

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大客殿

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甘露門

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時鐘

 時間があったので、境内を散歩し、仏閣の写真を撮りました。それが上の写真です。境内には札所があり、ここで絵馬を買い、「娘が志望校に合格しますように」という願いを書いて絵馬掛に掛けました。散策を終えて、いよいよ身延山に来た本来の目的である「お札を貰って、合格祈願の御祈祷をして貰う」ことにしました。

 御祈祷は仏殿で、時間にして約30分くらい、厳かに執り行われました。さすがに仏殿の中の写真撮影は無理ですが、印象としては“荘厳”のひと言に尽きます。

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仏殿
せっかく身延山に来たのだからロープウェイに乗ろう!!しかしこれが誤算!?

 

 御祈祷が終わったのが、午後1時前くらいでした。用事が済んだので、帰ってもよかったのですが、せっかく身延山に来たのだから、ロープウェイに乗らなきゃと思い、身延山ロープウェイの乗り場に向かいます。

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 ロープウェイは久遠寺身延山山頂までの全長1665m、高低差763mを片道約7分で結びます。

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身延山ロープウェイ乗り場


 標高1,153mの身延山山頂には、日蓮聖人が故郷の房州小湊(現在の千葉県鴨川市)の両親を追慕した奥之院思親閣(おくのいんししんかく)があります。山頂には三つの展望台があり、東に富士山、南に駿河湾伊豆半島、西に七面山、北に南アルプス八ヶ岳連峰など雄大な景観を望むことができます。ただ・・・。行った日が悪かった!!山麓久遠寺ではまだ曇り空でしたが、山頂に登るにつれて、深い霧に包まれ、視界は遮られてしまいました。

 山頂は13℃と3月中頃の気温、この日は半袖とバミューダ―パンツといった割と軽装だったこともあり、山頂はとにかく寒く、また最初はパラパラだった雨も、ロープウェイで山頂に向かうごとにだんだんと雨足も小降りになってきました。ロープウェイを下りてすぐさま展望台に行き、ガタガタと寒さに震えながら写真を撮りました!!

 それがこちら

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山頂展望台

 2016年に身延山を訪れた時も、あまり天候には恵まれませんでしたが、何とか富士山を望むことはできました。

 次の2枚の写真がそう!!(上は富士山、下は身延町

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 奥之院思親閣まで行ってみましたが、当然のごとく、ここも視界不良・・・。

 こんな感じです。

 

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 あまりの寒さと雨のため、山頂の散策と写真撮影を断念し、山頂にある売店で軽い食事を取って、次のロープウェイでそそくさと山麓に下り、身延山を後にしました。

 

おわりに

 

 身延山で御祈祷してもらった娘の大学合格祈願のお札ですが、和室にある簡易式の仏壇に飾って、日課である読経の時に一緒にお祈りしています。私の母親は娘の高校合格をそれはそれは熱心に祈ったようですが、私も母に負けじと娘の大学合格祈願のお祈りするつもりでいます。本来なら娘もお祈りしてもらいたのですが、私はポリシーとして「信仰の自由はたとえ家族であっても保障されうる」と考えているので、娘に読経を無理に強要をするつもりはありません。

 娘は昨日は浜松にある大学のオープンキャンパスに行ってきました。私の希望としては静岡市内の大学に行ってもらいたいし、娘も私が入ってもらいたい大学を目指してはいますが、現実はなかなかうまくいかないようです。

 大学受験まであと7か月です。この7か月を娘が「まだ7か月」「もう7か月」いずれに感じているかは分かりませんが、来春には是非ともいい結果を出してもらい、高校の時と同様に喜んで身延山にお札を返しに行きたいです!!

 

過去の記事からです。

 

kitajskaya.hatenablog.com

blog.goo.ne.jp

 

身延山に関連する書籍を紹介します。

 

母への手紙

母への手紙

 

 

 

参照:Wikipedia 久遠寺身延山日蓮立正安国論日蓮宗

   日蓮宗総本山 オフィシャルホームページ 身延山久遠寺久遠寺縁起

   日蓮宗 いのちに合掌 笑顔と出会う寺めぐり

                 日蓮聖人の願いが棲む地、身延山久遠寺

   身延山ロープウェイ 身延山ロープウェイについて

 

お恥ずかしい文章ですが、最後まで読んでいただきありがとうございます。
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