五つの池の喫茶店

私が日々思っている事を徒然なるままに書き綴ってみました。興味のある方はお立ち寄りください。OCN CAFEに2004年9月から記載された日記をOCN Blog人に引き継ぎ、さらにこのHatenaBlogに移設いたしました。

秋刀魚のうた

 先週は夜勤だったので、仕事が終わったあと自宅の近所のスーパーに土日の分の夕餉の材料を買いに行きました。というのは嫁が仕事を始め、土日出勤をするので、せめて土日でも家事をしようという考えで、4,5年くらい前から始めました。ただこれは自分の息抜きにもなっているようで、自分の好きなものを作って食べれるという最大のメリットもあります。もっとも辛い物を作りがちなので、辛いものが苦手な娘や偏食の息子には敬遠されがちですが・・・。

 スーパーで秋刀魚を家族分の4本を買いました。実は秋刀魚は先週も買いましたが、ガスレンジに併設しているコンロがあまり大きくなく、一部が生焼きになってしまい、家族から不評を買ってしまいました。スーパーでは秋刀魚をフライパンで焼く動画を流しており、ちょうど田舎から大量のカボスが贈られたこともあって、先週のリベンジと思い、今週も秋刀魚を焼くことにしました。

 秋刀魚の季節になると思い出すのが、佐藤春夫秋刀魚の歌です。私はこの詩を自分の中では20世紀で最高の詩だと思っているので、この場を借りて引用してみます。

 

秋刀魚の歌

 

あはれ  

秋風よ  

情(こころ)あらば伝えてよ  

ー 男ありて  

今日の夕餉に ひとり  

さんまを食ひて  

思いにふける と。  

 

さんま、さんま、  

そが上に青き蜜柑の酸をしたたらせて  

さんまを食ふはその男がふる里のならひなり。  

そのならひをあやしみなつかしみて女は  

いくたびか青き蜜柑をもぎ来て夕餉にむかひけむ。  

あはれ、人に捨てられんとする人妻と  

妻にそむかれたる男と食卓にむかへば、  

愛うすき父を持ちし女の児は  

小さき箸をあやつりなやみつつ  

父ならぬ男にさんまの腸をくれむと言ふにあらずや。  

 

あはれ  

秋風よ  

汝(なれ)こそは見つらめ  

世のつねならぬかの団欒(まどい)を。  

いかに  

秋風よ  いとせめて  

証(あかし)せよ かの一ときの団欒ゆめに非ずと。  

 

あはれ  

秋風よ  

情(こころ)あらば伝えてよ、  

夫を失はざりし妻と  

父を失はざりし幼児とに伝えてよ  

ー 男ありて  今日の夕餉に ひとり  さんまを食ひて、  

涙をながす、と。  

 

さんま、さんま、  

さんま苦いか塩っぱいか。  

そが上に熱き涙をしたたらせて  

さんまを食ふはいづこの里のならひぞや。  

あはれ  

げにそは問はまほしくをかし。  

 

 この詩を初めて知ったのは高校の現代国語の授業で、教科書に載っていた詩人の詩をグループで朗読・解説し発表することがあって、たまたま佐藤春夫の秋刀魚の歌が教科書にあったこと。これを読んだときに凄い衝撃を受けました。よく梶井基次郎の短編小説檸檬を読んで、多くの人が衝撃受けたと雑誌か何かで取り上げられていますが、恐らくそんな感じでしょう。もっとも私は檸檬という小説が一体何を言いたいのか、作者である梶井基次郎の真意がいまだかつてわからないのですので、おそらく芸術的なセンスが皆無なのでしょう!! 

 ちょっと脱線しましたが、詩の最後の「さんま、さんま、 さんま苦いか塩っぱいか」と作者が繰り返している部分には片思いはあっても恋愛経験などなかった私でも思わず目頭が熱くなったことを覚えています。それと「証(あかし)せよ かの一ときの団欒ゆめに非ずと。」は切ない中年男性の心理を見事な言葉で表現しており、思わず泣けてきます。

 この秋刀魚の歌の背景にあるのは、よく知れ渡っていることですが、佐藤と友人の作家谷崎潤一郎、そして彼の最初の妻を巡る確執です。谷崎は完璧すぎる妻千代が疎ましく、自由奔放に生きる千代の妹であるせい子に惹かれていきます。佐藤はそんな千代に同情し、それが恋に代わり一緒に暮らすことになり、谷崎もそれを認め、佐藤に千代を譲ると言います。

 しかし谷崎が結婚を望んでいたせい子にあっさり振られたことから事態は急変、千代が惜しくなった谷崎は前言を撤回します。これに佐藤は激怒し、谷崎と絶縁をします。結局は5年過ぎたころに佐藤と谷崎は和解し、谷崎と千代も離婚し、晴れて千代は佐藤のもとに行きます。これは後に大新聞が報じたことから前代未聞の「細君譲渡事件」となり一大センセーションを巻き起こすこととなりました。

 それにしても一連の顛末で谷崎潤一郎のクズさが目に余りますね。そもそも谷崎が千代と離婚したのも次の相手が見つかったことですし、その相手ともすぐに離婚しています。傍から見て理想の妻だと思われる千代を冷遇し、どう見たって「えぇ!?」と思われる女性に惹かれる谷崎を私は理解できませんが、作家を含め超一流の芸術家と言われる人はそうした平凡で穏やかな日常は飽き飽きしており、スリル満点な非日常に憧憬の念を描いていたと思うと納得がいきます。

 また千代の妹をモデルとして書かれた「痴人の愛」では倒錯した世界が描かれており、たぶんピンク映画だった思いますが、映画でそれを見た時に私には到底理解できない世界と思うとともに、女は怖いと心底思い、一時期恋愛映画恐怖症に陥りました。もっとも私に気がある女性など皆無でしたが・・・。

 グダグダと書いてしまいましたが、昨日スーパーで買った秋刀魚、動画であったようにフライパンの下にアルミホイルを敷いて焼き、「青きカボスの酸をしたたらせて」食しました。今回は娘の評判も良かったようです。

 

 

 

 

kitajskaya.hatenablog.com

 

f:id:Kitajskaya:20211003142317j:plain

 

参照:Wikipedia 佐藤春夫谷崎潤一郎

引用:佐藤春夫 秋刀魚の歌 詩集 我が一九二三年

写真:無料写真素材 写真 AC サンマの塩焼き さんま チリーズ

 

お恥ずかしい文章ですが、最後まで読んでいただきありがとうございます。

ランキングに参加しています。クリックして応援していただけたらうれしいです!!

 

 


人気ブログランキング