昨日の新聞で、引きこもりの青年(というより中年)が、同居中の両親を絞め殺すという痛ましい事件があった。この事件で世の中に何万人いるかどうか知らないけれど、引きこもりの人たちの将来を暗示するものだろうか?
かくいう私も、引きこもりに近い状態にあることは間違いない。どういう状態が引きこもりであるかという定義は知らないが、子供ころから、外ではほとんど遊ばず、うちの中にこもってばかりいた。大学進学までは、ほとんど友達がおらず、上京してからは少しは友達と呼べる人ができたが、世間並みとは程遠い。就職し、結婚し、子供も二人持ったが、仕事が終わると、家に帰り、ぼーとしているのが現実である。だから引きこもりの人たちへの親近感はある。青年時代とほとんどかわらない。今はまだ仕事があり、生活することができる糧があるが、いつ何時リストラされて、職を失うことだってありえる。そうなると、家族を殺傷する悲劇を起こすことだってあるかもしれない、将来が不安である。
引きこもりの人たちは、ある意味で依存症だと思う。何か都合の悪いこと事があって、心が傷ついて、家にこもる。こもったとしても、経済的余力が保護する親族にあるから、生活することには困らない。餓死することはないだろう。またコンビニなど便利なものがあるため、生活に支障をきたすことはないだろう。心の中で世の中を憎みつつ、反面世の中に依存するという矛盾した関係が生じる。本人はその自覚はないが、自分の気づかないところで社会に期待するものが大きいことは事実である。そうなるとこのような病は豊かさが生んだ産物といえないでもないが、こうした構図が壊れたとき、先日起きた悲劇が起こるのではなかろうか。
では解決する処方箋はあるのか?専門家ではないので、正しいかどうかはわからないが、ボランティアの人たちの指導が一番だと思う。ありきたりで申し訳ないが、まず彼らの心の内を理解し、徐々に心を開かせ、気持ちを外に持っていく。またこれは暴論ではあるが、引きこもりがまだ若い年代なら、厳しい環境におくことも一種の手ではなかろうか。家から追い出すなどして、経済的支援を一切行わない。人間、食うのに困ったら、否が応でも生きていこうとするだろう。ただし、新たな犯罪予備軍を作り出す可能性も大きい。
この文章は、ビールを飲みながら、酔っ払って書いています。よって、文章におかしな点やそれは違うだろうと思われる点がありますが、ご容赦願います。また最後まで目を通された方、下手な文章で申し訳ありません。
最後に、誰かの日記でOCN Cafeがおかしいとありましたが、私のも日記と足跡が表示されませんでした。なんでですかね?それではおやすみなさい。
イラスト:無料素材 イラストAC ひきこもり KONI