五つの池の喫茶店

私が日々思っている事を徒然なるままに書き綴ってみました。興味のある方はお立ち寄りください。OCN CAFEに2004年9月から記載された日記をOCN Blog人に引き継ぎ、さらにこのHatenaBlogに移設いたしました。

愛猫‘痴媚’の日々

  2月22日は「猫の日」です。1987年に愛猫家の学者や文化人らで構成する「猫の日実行委員会」が一般社団法人ペットフード協会と協力して、「猫と一緒に暮らせる幸せに感謝し、猫とともにこの喜びをかみしめる記念日を」という趣旨で1987年に制定されました。ちなみにこの年「犬の日(11月1日)」も制定されました。猫の日は世界各国でも制定されていて、理由はわかりませんが、ロシアでは3月1日、アメリカでは10月29日だそうです。

 藤枝市の住まいは借家なので、猫を飼うことはできませんが、大分の実家は、‘猫屋敷’ と両親がいうほど、猫(野良猫ですが)がいます。多いときは7,8匹、常時4,5匹、昨夏に帰省した時は5匹はいたと思います。実家にいる猫はペットとして飼っているわけではなく、猫自身が居ついているのが実情です。朝昼晩とご飯をもらい、いつの間にかふらりとどこかに出ていき、雨や風が強くなったりすると部屋にあがりひと休みにできる、まさに猫にとってはパラダイスのような家です。

 父は昔から猫が好きでしたが、最近ではそれに拍車がかかったようです。猫が自由に家の 中に出入りできるように猫用の入り口を作ったり、昔は猫の餌は残飯でしたが、今は高価なペットフードも与えているようです。自分に懐いてくる猫にはそれこそ‘猫かわいがり’し、寝る時も布団に入れて寝ています。応接間の柱はいたるところに研ぎ傷があり、襖や障子も継ぎはぎだらけですが、父はあまり気にならないようです。たまに粗相をする猫もいますが、さすがにムッとはするものの、軽く「シー」と追い払う程度、後始末をする母は猫に対して怒り心頭ですが、猫が好きでなかった母も最近では猫に寛容になったようです。

f:id:Kitajskaya:20150220233113j:plain 冬はストーブを独占

 猫と父の思い出で印象深いものは、今から37年前の夏の出来事です。多分7月くらいで蒸し暑かった日だったと思います。今は使っていませんが、うちには井戸がありました。夜の8時前くらいだったと思いますが、勉強中だった弟が何かが井戸に落ちたと言ってきました。気のせいだと言いましたが、しばらくしてかすかにエコーがかった猫の鳴き声が井戸の方から聞こえてきました。驚いて懐中電灯を持っていき、井戸の中を照らしたところ、当時飼っていた雌の黒猫の‘クロ’が井戸の底にあった岩場で泣いていました。井戸は深さが5メートルくらいはあったと思います。これは大変と、クロを助けるために釣瓶を下してみたのですが、悲しい哉、動物なので事の次第を理解することはできません。そこで帰宅したばかりのまだ着替えもしていなかった父を呼びました。いきなり呼ばれて不機嫌そうな父、実は父はこのクロがあまり好きではなかったようでした。しかし助けるため、中国のレスキュー隊の映像並み(ちょっとオーバーですが・・・)の作戦を開始しました。

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①魚で釣る作戦

 釣瓶の水を汲む桶に魚を入れてクロを桶に誘導し、そのまま釣瓶を引き上げてみよう。

 クロは怖いのと寒いのとで魚には見向きもしませんでした。残念ながらこれは失敗。

②仲のいい猫と一緒に釣る作戦

 所詮動物なので、釣瓶など理解できるわけがありません。そこで同じ猫、それも常にじゃれあっていた猫がそこにいれば安心して桶に乗るのではないか。そう考えた父は、桶をビールケースに変えてクロが乗りやすいようし、クロと仲の良かった雌の三毛猫‘チビ’をビールケースに動かないないようにきつく括り付けて乗せ、静かに釣瓶を下ろしました。

 普通の猫は暴れて抵抗すると思いますが、このチビは普段からおとなしい子猫でまたうちの家族に誰にでも慣れていたので、ビールケースに括るのはすんなりと行きました。(多分チビはかなり怖かったと思います。今考えるとひどいことをしたものです。)しかしクロはチビが下に降りて来ても鳴くだけで一向にビールケースに乗る移る気配すら見せません。2回くらいやって駄目だったので違う作戦を考えました。

 ③仲のいい猫と魚で釣る作戦

 魚とチビを一緒にすればクロも乗るのではないか?ビールケースの中に先ほど魚と上に再度チビを括り付けて釣瓶を下しました。

  うまい作戦だと思ったのですが、やはりクロは乗ることはありませんでした。この騒ぎに普段は7時過ぎには床に就く祖父母も起きてきて、この救出作戦を見守ります。祖母はこれまでも猫が井戸に落ちたことは何回かあったけど、今まで生きて帰った猫はおらず、その都度お祓いをしてきたと言っていました。それから何度も①、②、③を試してみたのですが一向にクロは鳴くだけで、岩場からピクリとも動こうとはしません。膠着した状態に父はイライラが募り喚き散し、私たち兄弟は為す術もなく父を見守るだけ、夜も更け誰も無理だと諦めかけた時、奇跡は起こりました。父が何とはなしに井戸の中を覗くとクロがビールケースに移ろうとしていました。そしてクロがビールケースに移った瞬間、父はクロが驚いてビールケースから飛び降りないようにゆっくりと釣瓶を上げていきました。こうしてクロは無事に井戸の中から生還できたわけですが、時計の針は夜中の11時を過ぎていました。

 この事件があった後、井戸のふちはトタン板で囲い、端にブロックを置いて猫が落ちないようにしました。クロはこの事件に懲りたのか井戸には近づこうとはしませんでした。クロはそれから15年くらいは生きていた思います。祖母は3年後、祖父は13年後に亡くなりましたが、祖父が亡くなった時も縁側で日向ぼっこをしていたような覚えがあります。さすがにそれから何年かして私が結婚した時にはもういませんでしたが・・・。チビのほうはこの事件から3年後に死にました。ちょうど私たちが兄弟が高校を卒業し、大学ではなく北九州市小倉にある予備校に入学した年でした。小倉に旅立つ日の前日、チビはいつになく私に甘えてきました。離しても離しても寄ってきました。チビには私たちがいなくなることをうすうすわかっていたのではないかと思います。また自分の死期が近いことも・・・。チビはうちの裏の畑で倒れていてそうです。死因は多分猫の流行病ではないかと父は言っており、畑の隅にひっそりと葬ったそうです。

 日本の作家の中にも猫好きは結構います。「吾輩は猫である」を書いた夏目漱石が猫好きだったかは定かではありませんが、漱石の妻、鏡子夫人は屋敷に数えきれない猫がを飼っていたそうです。飼っていた猫を題材にした小説が売れたのだから、猫を邪険にしてはいけない、という一種のゲン担ぎではなかったかと孫で漫画家、評論家の夏目房之介さんは述べています。

 漱石の弟子で黒沢明監督の「まあだだよ」の主人公の内田百間も大がつくほど猫好きの作家の一人でしょう。飼っていた野良猫の「ノラ」が、イプセンの小説のように猫の自立を求めて出て行ったかどうかは知りませんが、突然居なくなり、大いに悲しんだ百間は、新聞に広告を出したり近所にビラを配ったり、はたまた外人が飼っているかもしれないと英語のビラまで作成し、猫探しに奮闘しています。その顛末を「ノラや」という作品に仕立てていきます。その中で百間は、

 「ノラの事が非常に気に掛かり、もう帰らぬのではないかと思って、可哀想で一日じゅう涙が止まらず。やりかけた仕事の事も気に掛かるが、丸で手につかない。

「或る製薬会社から送って来た精神神経鎮痛剤の試供品をのんで寝ようかと思うけれど、それが利いてぐっすりと眠り込むと、ノラが帰って来てもその物音や鳴き声が聞き取れないかもしれないと考えて躊躇する。」

「ノラを待って、ノラが帰らぬ儘で毎晩寝るのがつらい。

「寝る前になるとノラがいないのが堪えられなくなる。今頃はどうしているだろうと思って涙が止まらない。」

「ノラがいなくなってから、それ迄は毎晩這入っていた風呂にも這入らず、顔も二十日間一度も洗わない。」

切なくて狂おしい心情を吐露します。百間の友人たちは見かねて、百間を傷心旅行に誘いますが、そこでもノラを思い出して泣き崩れる始末だったとか。結局百間の願いは届かず、ノラが帰ってくることはありませんでした。

 大正、昭和の時代に活躍した詩人の室生犀星佐藤春夫も百間と違わず、大の猫好きな作家として知られています。「ふるさとは遠きにありて思ふもの」という詩で知られる室生犀星、犀星の詩に「愛猫」という作品があります。

                   愛猫

 

抱かれてねむり落ちしは

なやめる猫のひるすぎ。

ややありて金のひとみをひらき

ものうげに散りゆくものを映したり。

葉のおもてにはひかりなく

おうしいつくし、法師蝉、

気みぢかに啼き立つる賑はしさも

はたとばかりに止みたり。

抱ける猫をそと置けば

なやみに堪えずふところにかへりて

いとも静かに又眠りゆく。

  犀星も多くの猫を飼いますが、特に好きだった猫にジイノカメチョロがいます。ジイノは火鉢に当たる猫として、猫好きな方には知られていますが、犀星はジイノのために火鉢の淵を艶布巾で拭き、火傷をしないように火鉢の火力を調整し、お客さんが来たときは自慢したそうです。そのジイノ、犀星の想い虚しく、盛りの時期に居なくなったとか・・・。犀星の心は如何ばかりだったでしょうね。

 カメチョロは軽井沢から貰い受けた猫で、晩年の犀星が寵愛した猫です。カメチョロは犀星が外出中の時、黄疸で死んでしまいます。犀星は大いに嘆き悲しみ、朝子夫人にカメチョロの遺髪を切ってくれと頼みます。1962年に犀星は亡くなりますが、朝子夫人が分骨のため軽井沢にある「室生犀星文学碑」を訪ねた時、見慣れぬ石灯篭を見つけます。それは自分の死後もそばに置いておきたいと犀星がカメチョロのために作ったもので、中にはカメチョロの遺髪が埋められていたそうです。

 ジイノが火鉢に当たっている写真は金沢市にある「室生犀星記念館」に所蔵されています。リンクを貼っておきますの興味がある方はご覧ください。

 写真館 | 館の概要 | 室生犀星記念館

  「あはれ秋風よ 情こころあらば伝へてよ」で始まる「秋刀魚の歌」の作者である佐藤春夫、晩年は一匹の雄の虎猫を溺愛します。「知美(チビ)」と名付けられたこの猫、まだ大学生だった息子が酔っぱらって飲み屋から持って帰ったものでした。春夫はことあるごとに知美の自慢をします。知美を飼って2年後、芥川賞候補になった石原慎太郎の「太陽の季節」について作家の舟橋聖一と論争になります。春夫は「太陽の季節」の持つ美的センスの欠如や作者の卑しさを挙げ、芥川賞に相応しくないと主張しますが、最終的に「太陽の季節」は芥川賞を受賞します。それに抗議の意味を込めて書いたかどうかは定かではありませんが、直後に「太陽族以上」を発表します。その中で「障子を突き破らず部屋に入ることができる知美は太陽族より頭がいい」と「太陽の季節」を痛切に皮肉っています。

 春夫は知美と対話をしながら食事を楽しんでいました。晩年の小説「猫と婆さん」の中で以下のように書いています。

 デカチビを愛する主人は、自分の好みよりはむしろ猫の好みを主にして副食物を択ぶようになった。自分はいつどこででも気に入ったものを食べることができるが、猫はそれができないと思ったからである。そのうちふしぎと好みがだんだんと猫に似て来た。そうして自分は三度に一度、あと二度は猫にやって、副食物の大半はデカチビにわけてやるようになった。それもただくれるのではなく、猫と対談しながら食べさせるのである。

「だめだ、だめだ。そうむやみと背延びして立ちあがっても黙っているのではくれない。なぜ、くださいとか何とか言わないのだ?」

 と言えば、相手は、

「ニャア!」と答える。

「そんなのではだめだ。なぜもっと元気よくいい声を出さない?」

「ニャアン!ニャン!!」

 食べてしまったのを見ると、

「黙って食べるやつがあるか。おいしかったなら、おいしかったといわなきゃいけないではないか」

「ワアンワンゝゝ」とまるで子犬のようにつぶやき吼え呻るのである。

  知美は春夫と一緒に食事をし、春夫が仕事をしている時は膝の上で眠り、盛りの時以外片時も春夫の傍を離れなかったそうです。1964年に知美は老衰で死にますが、知美が死んだ日、春夫は朝から正午過ぎまで号泣したそうです。そしてその2か月後、知美の後を追うように春夫も心筋梗塞でこの世を去りました。

 大分の実家に話を戻します。昨年の6月、16年居ついていた雌の赤猫、名前はチビといいます、が老衰で死にました。この猫は父のお気に入りで、何かにつけ「チビちゃん、チビちゃん」と溺愛していました。父はかなりショックを受けたようで、佐藤春夫のように泣きはらしたかどうかは定かではありませんが、数日間は元気がなかったそうです。今ではまた何匹か居ついているそうで、適当な名前を付け、それこそ‘猫かわいがり’しています。

 最後に大分にいた猫を紹介しますね。f:id:Kitajskaya:20150220232352j:plain

 チビ 赤猫の雌 これは2008年冬に撮ったものです。おそらく1990年代末に実家に居ついたのだから、2000年生まれのうちの娘よりお姉さん(?)何匹か子供を産んだようですが、皆すでに巣立ったようです。

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 パン トラ猫の雄 この猫も今はもういないみたいです。名前の由来は、パンが好きなので付けたそうです、左の耳が抱えていますが、裏のお寺の大きな黒猫とバトルを演じ、耳を食いちぎられたそうです。

 ちなみに私も猫が好きです。特に高校生の時は学校でも家庭でも居場所をなくしていたため、猫と接触することで随分と心が癒されました。私の子供たちも猫は好きなようです。特に娘は猫が飼いたくてたまらないようです。残念ながらそれは叶わぬ夢なんですけどねえ・・・。

                                       

参照:Wikipedia 「猫の日

   ノラや 内田百閒集成  ちくま文庫

   作家の猫 平凡社

   猫は神様の贈り物《小説編》  実業の日本社

写真:無料写真素材 写真AC 井戸        

 

:参照にしたエッセイと小説を紹介してみました。

作家の猫 (コロナ・ブックス)

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作家の猫 2 (コロナ・ブックス)

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猫は神さまの贈り物<小説編>
 
ノラや―内田百けん集成〈9〉  ちくま文庫

ノラや―内田百けん集成〈9〉 ちくま文庫

 

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