問題となったウルトラセブン第12話「遊星より愛をこめて」とはどんな作品だったのでしょうか?この作品は1967年12月17日に放送、脚本は佐々木守さん、監督は実相寺昭雄さんでした。視聴率は32.8%と好調で、これは放映されたウルトラセブンの全作品の中で4番目に高いものでした。
その気になるあらすじは・・・、
日本各地で若い女性が次々と倒れるという怪事件が発生し、ウルトラ警備隊は調査を始める。倒れた女性はすべて同じ腕時計をはめており、白血球が異常に少なくなる「原爆症」によく似た症状をしていた。アンヌ隊員の友人の山辺早苗も同じ腕時計をしており、驚いたアンヌが山辺に尋ねると恋人の佐竹に貰ったものだという。
山辺の恋人の佐竹は実はスペル星人で、新兵器スペリウム爆弾の実験失敗で母星全土が放射能で汚染され、地球人の血液が治療のために適合するか、腕時計型の検査機器で調査をしていた。ダンとアンヌの尾行でスペル星人の潜伏先が特定された。やがて女性の血液より子供の血液のほうがより適合することに気付いたスペル星人はターゲットを子供に変更し、「ロケットを書いて宇宙時計を貰おう」という甘い文句で子供たちを潜伏先に誘うが、その企みに気付いたウルトラ警備隊によって阻止される。
正体がばれてしまったスペル星人は潜伏先を爆破して巨大化し、その不気味な姿を現す。
「はははは!実験は成功した。我々スペル星人は、地球人の血で生きていけるのだ。我がスペル星はスぺリウム爆弾実験のため、その放射能で血液が著しく侵された。我らの血に代わるもの、それは地球人の血だ。ふはははは!待っていろ。まもなく、我々スペル星人は大挙して地球に押し寄せてくるぞ!」
佐竹に化けたスペル星人は早苗の弟を拉致するが、ソガ隊員に狙撃されて巨大化する。ウルトラセブンと一騎打ちとなり、スペル星人の目から放たれる怪光線に苦しみながらも、セブンはアイスラッガーでスペル星人を両断する。
アンヌ隊員の友人の山辺早苗を演じたのはウルトラマンでフジ・アキコ隊員を演じた桜井浩子さんでした。ちなみにウルトラマンのレギュラー陣でハヤタ隊員役の黒部進さんを除き全員がウルトラセブンに出演しています。またウルトラセブンの出生地がウルトラマン同様にM78星雲であることが明らかにされたのもこの回でした。
第12話の作品名「遊星より愛をこめて」、タイトルに「愛」という字があるように切ないラブストーリーという要素も無きにしもあらずですが、どちらかと言えば「反核」をテーマにしており、封印されるほどの問題作ではありません。それを裏付けるように放送された1967年12月当時には抗議などは一切なく、その後の再放送の際にも同様に問題視する声は上がりませんでした。
ではいったい何が問題になったのか?実は意外なことがきっかけでした。
1970年10月、東京都世田谷区に住む女子中学生は、弟の購読する「小学二年生11月号」の付録「かいじゅうけっせんカード」にスペル星人の説明として「ひばくせい人」の記述があったことに違和感を覚え、フリージャーナリストで東京都の原爆被害者団体協議会の専門委員でもあった父親に相談します。強い憤りを感じた父親は「小学二年生」の販売元の小学館編集部に抗議文を送りました。このことを父親の知り合いの女性が朝日新聞の記者に伝えたことで事が大騒動に発展します。
「原爆の被爆者を怪獣にみたてるなんて、被爆者がかわいそう」― 小学館発行の「小学二年生」十一月号に掲載された一枚の怪獣漫画が一女子中学生の指摘から問題になっている。
問題の漫画は、怪獣特集として折り込みになっている「かいじゅう けっせんカード」のうちの一枚。切取って勝ち負けのカード遊びができるようにつくられている。四十五枚の怪獣が並んでいる中で、人間の格好をした「スペル星人」は、「ひばくせい人」との説明書きがあり、全身にケロイド状の模様が描かれている。
この怪獣をみて最初に疑問を感じたのは、東京都世田谷区(以下略)、〇〇(以下略)さんの長女、△△(以下略)さん。弟が毎月買って読む「小学二年生」をめくっているうち、「ひばくせい人」の「ひばく」ということばが気になった。
〇〇(以下略)さん一家は原爆の被害者ではないが、〇〇さんが東京都原爆被害者団体協議会の専門委員をしている関係から、日ごろ家庭内で原爆問題を話し合うことが多かった。△△さんは、「実際に被爆した人たちがからだにケロイドを持っているからといって、怪獣扱いされたのではたまらない」と思った。
その晩、父親の〇〇さんにその漫画をみせ、疑問を話した。〇〇さんはその場で「小学二年生」の編集長あてに手紙を書いた。「現実に生存している被害者をどう考えているのか。子どもたちの疑問にどうこたえるのか」と
同社からの返事はまだない。都原爆被害者団体協議会、原爆文献を読む会などは同社に対し、正式に抗議文を手渡すことを近く検討する。
以下略
1970年10月10日付 朝日新聞朝刊より引用(一部略)
朝日新聞の報道により、新聞各紙が一斉に「被爆者を怪獣扱い」にしたと報道、瞬く間に全国規模に拡大しました。原爆文献を読む会が抗議文を送ったのを口火に、全国の被爆者団体や反核団体が小学館に抗議します。やがて抗議の波は小学館に留まらずこれまでスペル星人を取り上げた出版社やレコード会社にまで波及、終には第12話を制作した円谷プロまで波及します。
抗議を受けた円谷プロは10月21日、当時の社長円谷一(つぶらや はじめ)氏の名で抗議団体の声明に対して、管理が行き届かなかったことや「被爆星人」と称したことを謝罪し、「今後一切、スペル星人に関する資料の提供を差し控える」ことを発表し、ウルトラセブン第12話「遊星から愛をこめて」の封印を約束します。それに小学館などの出版社が続き、翌1971年にはほぼすべてのメディアからスペル星人は存在を消されてしまいます。
1970年当時、私は記事に出てくる△△さんの弟さんと同じ小学二年生でしたが、朝日新聞にスペル星人の記事が載ったことはおぼろげながらも覚えています。記憶では秋の晴れた日曜日だったと思います。父から「これからウルトラセブンが見れなくなって、新聞に書いてある。」というのを聞いて、よく怪獣ごっこをして遊んでいた同じくウルトラファンの弟と残念がったのを覚えています。
問題となった「かいじゅうけっせんカード」、たぶんこれは持っていたんじゃないかなあ!?当時からあまり友だちもおらず、家の中に籠ってばかりいて、ウルトラQやウルトラマン、それにウルトラセブンの怪獣の名前はすべて空で言えるほどのウルトラ博士で、怪獣カードで弟と遊んだ記憶がおぼろげながらあります。
ウルトラセブン第12話に登場するスペル星人の特徴として、以下のようになっています。
1 全身は真っ白
2 凸凹のない能面のような顔
3 体の所々にケロイドを彷彿させる黒い大きなシミのような物があり、時折オレンジに点滅する
真っ白い皮膚にケロイド、スペル星人のこの外見が被爆者団体が「被爆者を連想させる」と抗議を受けた点の一つですが、もともとは「カブトムシのような」設定でした。脚本段階では「樹液のように‛血”を吸う」イメージに合わせてカブトムシの姿を連想したようです。にも関わらず、ケロイドがある痛々しい宇宙人の姿になったのは、第12話の実相寺昭雄監督の指示によるものでした。実相寺さんは「“被爆者をなくそう”というのがこの作品のテーマだった」と後に述べらています。
当時ウルトラセブンの怪獣のデザインを担当していたのは成田亨さん。成田さんは怪獣をデザインする上で以下のようなポリシーを掲げていました。
こうしたポリシーを持つ成田さんにとって、実相寺さんから要求は自らの理念を覆す苦悩に満ちたものでした。そして半場投げやりな気持ちでデザインをしたそうです。成田さんはろくにデザインも描かず、白いシャツとズボン、それにマスクに適当にケロイドをつけたものを作り、担当者から「そんなものでいいんですか?」とあきれられたとか・・・。
ウルトラセブン第12話が封印される元凶となった“ひばく星人”というネーミングは一体誰が考案したのでしょうか。問題となった「小学二年生十一月号」以前にもこのネーミングが使われた書籍が存在しており、販売元の小学館が考案したものではありませんでした。
最も古いものとされるのが、1968年5月に秋田書店から発売された「怪獣ウルトラ図鑑」。この本は現在の皇太子殿下が初めてお小遣いをためて買われた本だそうです。ウルトラシリーズは皇族方にも視聴されていたのですね!!
スペル星人の項は写真つきで次のように書かれていました。
どういう訳か実際に放映されたものと若干違うところがありますが、この図鑑を手がけたのが“怪獣博士”の異名を取り、空前の怪獣ブームの立役者となった大伴昌司さん。大伴さんは慶應義塾大学を卒業後、SF作家としてデビュー。編集者、映画評論家、翻訳家と様々な肩書を持ち、ウルトラシリーズにはウルトラQから参加し、ウルトラマンが地上で戦える時間を3分間、宇宙恐竜ゼットンが放つ火球の温度は一兆度(さすがにこれはありえない!?)など怪獣や宇宙人の設定を詳細に考案しました。しかし大伴さんが編集した「怪獣ウルトラ図鑑」には怪獣の解剖図までが描かれており、これが「子どもたちの夢を壊す」と円谷一さんの怒りを買い、円谷プロへの出入り禁止処分を喰らいます。更に件の小学二年生の事件による第12話の封印、大伴さんは一時期ノイローゼになったそうです。このことが遠因になったかは定かではありませんが、大伴さんは1973年1月に気管支喘息治療薬の副作用で僅か36歳の若さで鬼籍に入られています。そして大伴さんの墓碑には「ウルトラの星へ旅立った」と刻まれているそうです。
「ひばく星人」の呼称がどうして小学館の「小学二年生11月号」の「かいじゅうけっせんカード」にきさいされたのか?これに関して、ジャーナリストの安藤健二さんは著作「封印作品の謎」の中で、大伴さんの怪獣図鑑や少年誌などにまとめられたウルトラ怪獣の設定集を円谷プロが怪獣の参考資料として出版社に配布、この資料を元に小学館は「かいじゅうけっせんカード」でスペル星人の肩書を「ひばく星人」としたのが真相ではないかと、述べられています。
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これまでウルトラセブン第12話の封印のいきさつを述べてきましたが、ここで注目すべきは作品自体が問題になったわけではなかったことです。また「かいじゅうけっせんカード」に「ひばく星人」と記載されただけでどうして被爆者を怪獣扱いすることになるのか?実際の脚本では円谷プロは朝日新聞に記事が掲載されてから僅か10日余りで作品の封印を決定しています。資料がなかったので詳細は不明で、実際には違うとは思いますが、この間円谷プロが抗議している団体に対して反論をした形跡を見つけ出すことができませんでした。
どうして円谷プロは早々と第12話を封印したのでしょうか?これは前述した安藤健二さんの説ですが、その背景にはどうやら怪獣の商品化権があったようです。ウルトラシリーズ放映時、円谷プロはその制作費用が桁外れに掛ってしまっていて慢性的な赤字を抱えていました。加えてウルトラセブンの低視聴率とともに「怪獣ブーム」が去ってしまったこともあり、経営的にはかなり厳しい状況に追い込まれてしまいます。
そんな中で円谷プロは創業者の円谷英二さんの二男の円谷皐(つぶらやのぼる)さんを中心に経営状態の立て直しを図ります。円谷皐さんは現在では当たり前となっている「キャラクタービジネス」を円谷プロに導入します。当時円谷プロでは怪獣やウルトラマンなどの使用を「テレビの宣伝になる」と無料で許可していました。円谷皐さんはそうしたことを改め、怪獣・ウルトラマンの商品化権を確立します。更に終わったとされる「怪獣ブーム」も繰り返し行われた再放送により、ウルトラセブンの作品性が再評価されたことにより、徐々に再燃して「第二次怪獣ブーム」を引き起こすことととなり、それは新たなウルトラシリーズとして1971年4月よりスタートする「帰ってきたウルトラマン」の放映に繋がっていきます。円谷プロもこのキャラクタービジネスのおかげで累積債務を一掃し、会社の経営状態も安定します。
こうした状況下で「ひばく星人」の問題が発生しました。何よりもイメージを大切にするキャラクタービジネスにおいては、スキャンダルなどの商品のイメージダウンが何よりも痛いです。円谷プロの経営者たちはそう判断して、いち早く第12話を封印する経緯に至ったのではないかとされています。ウルトラマン、ウルトラセブンは子どもたちに夢を与える存在であり、「被爆者」といった言葉は当然ながら避けなければいけなかった禁句だったかもしれません。
ウルトラセブン第12話「遊星から愛をこめて」は作品も「被爆者」を差別したものではないことが明らかにされた中、これまでも第12話の再放送を望む声が度々起きています。ウルトラセブンでアンヌ隊員を演じたひし美ゆり子さんも その一人。2006年、第12話の脚本を手がけた佐々木守さんの訃報の際、ブログで次のように述べられています。
今朝、数々の名作を執筆された脚本家佐々木守さんの訃報を知った。
ホントに偶然であるが、昨日居間の片づけをしていて見つけた雑誌、
写真週刊誌('05年11月号)「ウルトラセブン12話」の記事を
再度読んだばかりだった。まだ3ヶ月前の記事である。
お元気そうなお写真も掲載されていたのに「え~何で?」
まだ69才とお若いのに・・誠に残念だ。
12話とは「遊星より愛をこめて」脚本佐々木守・監督実相寺昭雄の
作品でフジアキコ隊員の桜井浩子さんがゲスト出演なさっている。
紆余曲折あって封印されてからもう長いこと欠番になっている。
『35年の時を経て・・”抗議側”と”制作者側”の2人が初めて
”封印”の是非を語り合った!』
・・といった小見出しで、佐々木守氏と抗議の口火を切った方
(当時「原爆文献を読む会」に参加していたジャーナリスト)
との対談記事を改めて読むと、抗議した側も番組を見ていないので
番組自体の内容を抗議をした訳ではなく、ある出版者がニ時使用
したカードに抗議した・・とある。
出版者側のカードにつけた怪獣のネーミングが悪かった様だ。
本編にはその様なネーミングが一切出てきていない。
抗議側もこの対談の為に12話本編を見ての感想は・・
『番組を見ずに抗議したのは大きな問題だった』
・・とある様に本編自体は逆に原水爆は良くないと風刺した作品、
誰もが本編を見れば封印する必要は無い・・と思うに違いない。
私も『是非・解禁を!』と願っているひとりだ。
封印をしている円谷プロも一筋縄ではいかない難しい問題とは
重々解るが、何とか解禁を方向付ける決断だけでもして貰いたい。
座談会での佐々木氏の言葉・・
『円谷プロに頑張ってもらいたい。しんどくても少し修正する
ことで再公開できるならば、この座談会をやった価値も出る』
・・と結んでいます。
佐々木守さんのご冥福を心よりお祈り致します。”合掌 ”
あれから50年・・アンヌのひとりごと 遊星より愛をこめて より引用
今年はウルトラセブン放映開始から50年、円谷プロも紆余曲折を経て円谷家の同族経営に終止符をが打たれ、現在では遊技機の販売を手掛けるフィールズの子会社になっています。ブログでひし美さんも述べられている通り、第12話の封印を解くには一筋縄ではいかない数々の問題があるとは思いますが、福島第一原発の事故もあり、放射能被爆の問題は風化させてはならないこれからの日本の課題であります。ましてや福島は円谷プロの創業者である円谷英二さんの生まれ故郷、是非とも円谷プロの英断に期待したいと願っております。
およそ一か月半にわたってウルトラセブンの記事を書いてきました。次回でウルトラセブンの記事を最後にしたいと思っています。次回5回目の更新は12月初旬、テーマはウルトラセブンの世界を引き継ぐ、その後のビデオ作品と2007年10月にウルトラセブン放映40周年を記念して作られた「URUTRA SEVEN X」について書いてみたいと思います。
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Wikipedia ウルトラセブン、スペル星人、ひし美ゆり子、
ハフポスト 『ウルトラセブン』第12話は、封印すべき作品だったのか?
“アンヌ隊員”に聞いた 安藤健二
アニヲタWiki(仮) 遊星より愛をこめて(ウルトラセブン)
アンヌ今昔物語 アンヌのウルトラセブン解説 第12話 遊星より愛をこめて
朝日新聞 1970年10月10日 朝刊 被爆者の怪獣マンガ 「残酷」と中学生が指摘
ネットに書かれていないことを綴る
「怪獣ウルトラ図鑑」復刊とスペル星人、第12話欠番問題に進展あるか
写真:無料写真素材 写真AC 錠前と扉 灘 伏見
お恥ずかしい文章ですが、最後まで読んでいただきありがとうございます。
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